高校野球 第96回選手権大会の1回戦 大垣日大(岐阜県)12対10 藤代(茨城県)

●岐阜県勢甲子園高校野球戦績上位校
・優勝
岐阜商 第22回選手権大会
・準優勝
岐阜商(県岐阜商)第24回、第29回、第38回選手権大会
岐阜 第31回選手権大会
・ベスト4
岐阜一 第30回選手権大会
県岐阜商 第43回、第46回、第91回選手権大会
岐阜短大付 第52回選手権大会
・岐阜県勢甲子園高校野球出場回数上位校
県岐阜商28回、中京6回
・岐阜県勢甲子園高校野球初出場校
岐阜商 第22回選手権大会
・岐阜県勢甲子園高校野球初勝利校
岐阜商 第22回選手権大会

第57回選手権大会。中京商の今岡均。
中京商の最高成績の準々決勝までも進んでいく。

第96回選手権大会1回戦の藤代戦は、乱打戦になって8回裏2死満塁、
大垣日大の野崎文志が右越えに勝ち越し本塁打を放ち、
大会史上最大タイの逆転に。

強烈である逆転劇、甲子園高校野球ファンを釘付けする名勝負の基本形。

スポンサーリンク

そのひときわ瑞々しい記憶は、
夏の第96回選手権大会の1回戦、大垣日大の戦いだったのです。

茨城県代表・藤代戦、立ち上がりはなんというかで、不運でした。

四死球、失策が重なり、あっと言う間にあり得ない8失点。

1回表が終わって0対8であるスコアに、大垣日大の勝利を望んでた人が
どれくらい居ただろうか。

東邦と大垣日大で春夏合わせて優勝1回、準優勝3回を積み重ね、
自身にとって春夏通算30回目となる節目の甲子園高校野球出場だった
闘将・坂口慶三も今までに経験がない試合展開となっていたに間違いない。

岐阜としては、岐阜商が甲子園高校野選手権大会球初出場初優勝、
それ以後も3度の準優勝、一時代を築くが、ほどなく動乱の時代に。

中京商(のち中京、中京学院大中京)が台頭した時代を受けて、
2005年に坂口慶三氏をお呼びした大垣大が2校を上回っています。

どの地域にも存在することだが、県外出身者が多い私立校に対し、
「地元愛」が不足しているとというわけで、時に冷ややかなまなざしを
投げられることもあるでしょうが、大垣日大も例外ではないでしょう。

ですが、1回裏に早速4得点。その後、8点差をジワジワと追い上げる
選手らのプレート坂口慶三監督の采配に、甲子園球場がどよめく
しかも、岐阜県民の声援が、甲子園球場に届いたかのように
8回裏2死二塁、甲子園球場劇場はクライマックスに達します。

5番・野崎文志の打球は右翼席へ。勝ち越しの2点本塁打。

坂口慶三監督の目には涙が浮かびます。
「テレビに映るとみっともないのですぐに拭った」。

甲子園球場でそっと見せた、闘将・坂口慶三監督これまでにない涙でしょうか。

第70回選手権大会、3回戦で津久見打線を相手に力投する篠田淳。
大会注目左腕として、その実力を見せつける。

ヒーロー 篠田淳

大垣商のエースとして第70回選手権大会に出場した左腕・篠田淳。

3回戦での津久見戦。

重い速球を武器とする津久見の川崎憲次郎と比較して、力強い
フォームで鋭く落下するカーブで三振の山を築く篠田淳投手は、
第63回選手権大会でノーヒットノーランを演じた。

名古屋電気(愛工大名電)の工藤公康を彷彿させる。

篠田淳投手は投げ合った川崎憲次郎投手と一緒に日本高校選抜チームの
メンバーに選ばれ、秋のドラフトでは、篠田淳はダイエー(現・ソフトバンク)、
川崎憲次郎はヤクルトに1位名前を挙げられる。

準優勝投手・前田幸長(福岡第一)がロッテ、甲子園高校野球未出場ですが
145キロの速球で評判を呼んだ今中慎二(大阪桐蔭)が中日と、
高校生左腕の豊作の年となったのです。

0対1で惜敗した津久見戦も、併殺崩れで失った1点のみ。
川崎憲次郎投手は11奪三振、篠田淳投手は8奪三振。

プロ入り後、肩を壊し、1勝も挙げられずに引退する篠田淳投手ですが、
岐阜県人からすれば何年か振りの大型投手の登場で、甲子園高校野球での
奪三振シーンは、今でもしっかりと眼に焼きついています。

第22回選手権大会。岐阜商野村清は優勝に導く。

第29回選手権大会。エース・樽井精一を擁して準優勝に輝く岐阜商。

第30回選手権大会(岐阜一)と第31回選手権大会に連続出場した岐阜の花井悠。

第30回選手権大会は準優勝、第31回選手権大会は決勝に進み出る。

第36回選手権大会に出場した岐阜の主将で捕手の森昌彦。
後にプロ野球界の名将と呼ばれる。

第60回選手権大会。岐阜商の野村隆司投手は
優勝候補の桐生、横浜を連続完封。

第74回選手権大会1回戦。
鹿児島商工(樟南)を相手に9回裏2死一、二塁の好機を作った
県岐阜商は、田中誠の安打で二塁走者の岩井誠が生還してサヨナラ勝ち。

夢へあと1勝 各務原

新型インフルエンザが猛威を振るった2009年。

その影響を受けて準々決勝までメンバー最大6人を欠きながら、シード校の大垣西、
岐阜城北を撃破、創部29年目に、初の岐阜大会決勝に各務原は進出する。

この年の春選抜大会では、21世紀枠の候補となり、遙か記憶にあった
甲子園高校野球が近づいた感覚は、選手たちに勇気とやる気をもたらしたのでしょうか。

決勝は、岐阜高校野球界の雄・県岐阜商に0対2。

各務原は左腕エース・柴田和伸を中心として接戦を物にしてきたが、
決勝は相手のエース・山田智弘に、決め球にも使う得意球を打たれます。

柴田和伸投手は決勝まで一人で投げ抜き、6試合の球数は698。

甲子園高校野球では、県岐阜商は45年ぶりに4強に進出。
僅差で敗れた部員からすれば、悔しさと同時に誇りも感じたことでしょう。

岐阜県勢ベスト8以上進出校とメモリアルナイン

・岐阜商 第22回選手権大会優勝 松井栄造
・岐阜商 第24回選手権大会準優勝 野村清
・岐阜商 第29回選手権大会 樽井精一
・岐阜一 第30回選手権大会ベスト4
・岐阜 第31回選手権大会準優勝 花井悠
・大垣北 第33回選手権大会
・岐阜 第36回選手権大会 森昌彦
・県岐阜商 第38回選手権大会準優勝
・県岐阜商 第39回選手権大会 清沢忠彦、高木守道
・県岐阜商 第43回選手権大会ベスト4
・県岐阜商 第44回選手権大会
・県岐阜商 第46回選手権大会
・岐阜短大付 第52回選手権大会ベスト4 湯口敏彦
・県岐阜商 第53回選手権大会
・中京商 第57回選手権大会
・県岐阜商 第60回選手権大会
・岐阜第一 第65回選手権大会
・大垣商 第70回選手権大会 篠田淳
・県岐阜商 第71回選手権大会 和田一浩
・大垣日大 第89回選手権大会
・県岐阜商 第91回選手権大会ベスト4

チーム・県岐阜商業高校

創立1904(明治37)年。
市立岐阜商があるため、「けんぎしょう」として区別される。

所在は岐阜市則武新屋敷で流通ビジネス科、国際コミュニケーション科など。

野球部創部は1926(大正15)年。
岐阜県内ではただ1校、全国大会優勝の経歴を持っている。

1932年の春選抜大会初出場が、岐阜県内初の甲子園球場出場で、
1933、1935年に春選抜大会で優勝。
1936年夏選手権大会も制した。

1940年に三度選手権大会を制し、全盛期を迎えている。
直近の甲子園高校野球での決勝進出は1959年、約60年遠ざかっているが、
2015年春選抜大会では、現ソフトバンクの高橋純平投手を擁し、ベスト4になった。

春選抜大会3回、夏選手権大会3回と計6回の準優勝は広島の広陵に次いで
2番目に多い。

大島信雄(元中日)、高木守道(元中日)、和田一浩(元中日)がOB。

2018年からは熊本の秀岳館で3季連続ベスト4の実績を残したOBの鍛冶舎巧が
監督に就任し、注目される。

夏選手権大会39勝、春選抜大会48勝で合計87勝(52敗1分け)は全国4位。

シドニー五輪の女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子も卒業生。
「けんぎふしょう」と検索。

岐阜県

標高1500メートルを越える険しい山並みが連なる飛騨地方と海抜0メートル地帯を
持ち水害に悩む美濃地方という対照的な二地域に分けられます。

関西と関東の接点に当たり、早くから開けた美濃に対し、飛騨は山口独特の
生活と文化を守ってきました。

白川村は合掌造りで有名。ダム建設で多くは湖底に沈んだが、萩町地区は
重要伝統的建造物保存地区に指定されています。

明治維新後、飛騨は飛騨県(後に高山県)、美濃は幕府領、旗本領を含め笠松県に。

廃藩置県で、笠松県は岐阜県、高山県は筑摩県となるが、
1876(明治9)年、筑摩県の廃止で高山県を編入、現在の岐阜県に。

シンボルマークは、GIFU「G」を図案化。

岐阜県名の由来は、信長が周の文王が起こった岐山と孔子の生地・曲阜を
合わせて名付けた。

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました