第95回夏甲子園選手権大会 初出場の前橋育英が優勝 エース・高橋光成

●群馬県勢甲子園高校野球戦績上位校
・優勝
桐生第一 第81回選手権大会
前橋育英 第95回選手権大会
・ベスト4
桐生中 第22回選手権大会
高崎商 第24回選手権大会
前橋工 第56回、第78回、第79回選手権大会
桐生第一 第85回選手権大会
・群馬県勢甲子園高校野球出場回数上位校
桐生14回、高崎商11回、桐生第一9回、前橋工9回
・群馬県勢初出場校
前橋中 第11回選手権大会
・群馬県勢初勝利校
前橋中 第12回選手権大会

第95回選手権大会。岩国商戦での9者連続奪三振、
2試合連続完封と、見事な活躍ぶりで栄冠を達成したのは、
前橋育英・高橋光成投手。

春夏通算26回の甲子園高校野球出場を持つのは「桐生」です。

群馬県勢では、ずば抜けているけど、夏は第60回選手権大会を
最後として遠ざかっているのです。

1927年、桐生の前身となる桐生中が初出場し、
「球部・桐生」の野球熱が起こります。

翌年、市内初めてという野球場「新用球場」が誕生します。

桐生中、桐生はよくこちらの球場で練習に力を入れています。

未明の4時頃にさしかかると、市民がドンドンと球場の門を叩き、
「おーい、いつまで寝てるんだ」と住み込みの整備係りを起こします。

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町の対抗試合は朝早くにあって、午前8時半ころからでは、
桐生の定時制や野球部の選手たちの練習となります。

市民はその様子をあきないでご覧になっているわけです。

「関東に桐生あり、気流に稲川あり」と一時代を築くのは、
名伯楽・稲川東一郎監督です。

自宅に合宿所を兼ねた野球道場を構える。

その当時では物珍しいスイッチヒッターの養成と、
全国から見学者が絶えることがなかったとか。

データに基づいた近代野球を目指しますが、1967年に球場で
ユニホームを着たまま倒れ込み、61歳で亡くなったというわけです。

そのあと約30年後、群馬県勢は限りなく躍進を見せます。

第78回、第79回選手権大会は前橋工が4強入り。

第81回選手権大会では、前の年の開幕試合で延長サヨナラ負けします
桐生第一が、群馬県勢の全国制覇に成功します。

そして群馬には今、新たなる時代がやって来ています。

第95回選手権大会で、エース・高橋光成(西武)を中心に
初出場の前橋育英が優勝。

その翌年は、走塁をウリに「機動破壊」で攻め立てる健大高崎が8強。

直近5年はこの2校が群馬県代表校の座を手に入れています。

第20回選手権大会2回戦。
桐生は、ベンチ前で監督の稲川東一郎を囲んで円陣を築き上げる。

第33回選手権大会。甲子園球場で初練習をする桐生の選手たちは、
後ろの方の大屋根にはまだ足場が組んでありました。

第78回選手権大会。2回戦、前原と対戦した前橋工は
9回裏2死二・三塁から寺内弘和の安打で、三塁走者・大沢直樹が
生還してサヨナラ勝ち。

第81回選手権大会。前6試合708球を投げ抜いて、
1900年代最後の優勝投手となるのは、桐生第一の正田樹。

第97回選手権大会。間髪を入れず次の塁を狙う、
機動が光ったのは、健大高崎。

夢へあと1勝 伊勢崎清明

2017年、史上初めて4強を私学が占めてた群馬県大会。

前橋工、東農大二、古豪もうごめく「群雄割拠」が
続くなか、新しい勢力としてクローズアップしたいのは、伊勢崎清明です。

2005年、伊勢崎女子が男女共学化にともなって改称。

夏の地方予選には翌2006年から出場しているのです。

2012年、健大高崎に8回コールド勝ちで、初の8強入り。

この年、選抜大会で4強入りしてしまった健大高崎に対して、
本業が外野手の選手を先発捕手に据え、強肩を活かして、
「機動破壊」でならす健大高崎を盗塁ゼロに封じ込める
というような見事な戦いぶりを示します。

創部10年目の2014年は、決勝で健大高崎に0対1で惜敗し、準優勝。

左腕・青柳正輝(大東文化大)が制球力を武器に、
6試合53回4失点とチームを引っ張ります。

以降、8強1回、4強1回と、伊勢崎清明の甲子園球場に向けての
期待は高くなっています。

群馬県勢ベスト8以上進出校とメモリアルナイン

・前橋中 第12回選手権大会
・桐生中 第17回選手権大会
・桐生中 第22回選手権大会ベスト4 青木正一、皆川定之
・高崎商 第24回選手権大会ベスト4
・桐生 第33回選手権大会 毒島章一
・桐生 第37回選手権大会 今泉喜一郎
・桐生 第45回選手権大会
・桐生 第48回選手権大会
・前橋工 第50回選手権大会 佐野仙好
・前橋工 第56回選手権大会ベスト4 向田佳元
・前橋工 第63回選手権大会 渡部久信
・前橋工 第78回選手権大会ベスト4 斉藤義典
・前橋工 第79回選手権大会ベスト4
・桐生第一 第81回選手権大会優勝 正田樹
・桐生第一 第82回選手権大会 一場靖弘
・桐生第一 第85回選手権大会ベスト4
・前橋育英 第95回選手権大会優勝 高橋光成、荒井海斗
・健大高崎 第96回選手権大会 脇本直人

第64回選手権大会。長身の東農大二・阿井英二郎は、
速球で川之江打線を手こずらせ、初陣を勝利。

第92回選手権大会。「群馬のイチロー」の異名をとった
前橋商・後藤駿太は、強肩・快速の外野手。

第63回選手権大会。控えの1年生ながら初戦で先発し、
力投した前橋工・渡辺久信投手。
甲子園高校野球はこれきりとなりますが、
プロ野球界でその名をとどろかせます。

ヒーロー 渡辺久信

群馬県内の名勝負として語られる一戦があります。

前橋工・渡辺久信(西武)が甲子園高校野球出場を逃した
1983年の群馬県大会決勝戦です。

その2年前、1年生ながら京都商から10三振を奪う
好投手は順風満帆なはずでした。

だが、ノーソードで勝ち上がってきた大田工は粘り強い。

両者初回に入れた1点のみ。運命の延長11回裏、
大田工は2死から内野安打と四死球で満塁に。

小雨降る中、フルカウントから投じた162球目。

「ボール」の押し出しサヨナラ。

後に、渡辺久信投手は
「最後の球は、自信を持って投げた球でした」。

1984年、ドラフト1位で西武球団へ入団。

入団まもなく、
池田・水野雄仁(巨人)、享栄・藤王康晴(中日)と
東京・渋谷を歩いていると、若い女性たちが振り向きざま、
「あっ、水野さんと藤王さんだ!」
「もう一人は誰だって?」。

甲子園高校野球組に負けまいと奮起します。

最多勝投手に3度輝く!

群馬県

北西部に高い山地がそびえ、東に向け次第に低くなる地形。

夏の雷雨と、空っ風といわれる冷たく乾いた冬の北西季節風は
群馬県の風物詩である。

岩宿遺跡はじめ、貝塚や古墳が多く分布し、古代文化の息吹を伝える。

日本一の養蚕地帯。明治5年には最初の機械製糸場が富岡に生まれた。

西陣の技術を導入した桐生は関東絹織物の先進地。

廃藩置県後、栃木県に編入された巴楽、山田、新田三郡以外が県域に、
一時入間県と合併して熊谷県となるが、1876(明治9)年に
旧上野国を範囲にした現在の形になる。

群馬県紋章は、群馬の「群」の字の周りに上毛三山を配し、
山に囲まれた県を表す。

群馬県名の由来は、黒馬あるいは、車持公の子孫が住んだところから
車馬、など諸説がある。

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