沖縄に春夏連覇興南・島袋洋奨トルネード琉球

そのような沖縄県民の悲願を実現するというのが、
2010(平成22)年春第82回選抜大会、
夏第92回選手権大会優勝校の沖縄県代表・興南。

掴み取ったというのは、沖縄県が生んだドクターK ・島袋洋奨の左腕。

19奪三振でデビュー「琉球トルネード」。
島袋洋奨投手の代名詞は、野球選手からすれば小さな172cmだという
身長を可能な限り大きく活用するために生み出したオリジナル投法。

「琉球トルネード」、こういったオリジナル性の高いフォームから繰り出す
研ぎすまされたストレートと変化球で三振を奪うことが島袋洋奨投手の持ち味。

初めての甲子園高校野球のマウンドを踏んだ高校2年の春、
2009(平成21)年第81回選抜大会では、
「1試合19奪三振」は、勝つことができなかったもののこの試合で記録した
「全員奪三振」「毎回奪三振」は、敗戦投手からすれば、大会史上初。

その名を一躍全国に知らしめたが、
同年2009(平成21)年夏第91回選手権大会でも、
島袋洋奨投手と興南ナインは、1回戦敗退する。

スタミナ不足から、試合終盤に乱れてしまうというのは、
このところの島袋洋奨投手の弱点。

その弱点克服のためにと考えて、筋力アップとスタミナを図り、
再び甲子園高校野球に引き返してきた、最終学年の興南ナイン。

2010(平成22)年春第82回選抜大会においては、
島袋洋奨投手は、1回戦から14奪三振を記録。

それ以後も何の問題もなく勝ち進む、決勝では強打が
抜群の日大三(東京)と対戦する。

双方ともに5点を奪いあい延長戦へともつれ込のではありますが、
スタミナ強化の成果あって
島袋洋奨投手は延長12回を申し分なく完投します。

興南に初選抜大会大優勝と紫紺の大優勝旗をもたらします。

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左腕歴代1位の通算102奪三振!

春に優勝できても、夏はいくら頑張っても勝てなかったというのが、
それまでの沖縄県勢です。

悲願とも言えた「夏制覇」と「春夏制覇」をかけて挑戦した
同年2010(平成22)年夏第92回選手権大会では、
「打倒!興南」を旗印として向ってくる全校の強豪校を打ち負かす。

決勝では、東海大相模(神奈川)を13対1と圧倒し、
“沖縄県の夢”夏の全国制覇と史上6校目の春夏連覇を実現します。

島袋 洋奨(しまぶくろ ようすけ)投手は、
2010(平成22)年春夏の甲子園で通算11勝0敗、102奪三振を記録する。

年間奪三振数は、歴代3位で上にいますのは、
1932(昭和7)年の楠本保(明石中)113個と、
2006(平成18)年の斎藤祐樹(早稲田実)104個の2人のみ。

左腕投手においては歴代1位の大記録です。

甲子園沖縄県民の夢の甲子園制覇を叶えた比嘉公也と沖縄尚学

「沖縄県勢の甲子園優勝が先か、沖縄選出の総理大臣が先か」このような
フレーズが出来るほど、甲子園優勝は沖縄県民の悲願であり、長年にわたる夢。

戦前~戦後は九州大会を勝ち上がることだって出来ず、
米軍統治時代は、甲子園高校野球出場が達成できてもパスポートを持って
海を渡らねばならず、検疫法の壁で甲子園球場の土を持ち返ることも許されていません。

1972(昭和47)年の本土復帰後も、甲子園高校野球の舞台で
なかなか勝てない沖縄県勢、平成になり、
1990(平成2)年、1991(平成3)年には、
沖縄水産が夏の選手権大会で2年連続準優勝。

ただ優勝の二文字にはあと一歩どうしても届きません。

甲子園高校野球に歓喜の大ウェーブ!

そんな「沖縄県民の悲願」を叶えたというのが、
1999(平成11)年春第71回選抜大会に出場する
沖縄尚学は、スクイズでもぎ取った1点を死守し1対0で完封。

続く、2回戦準々決勝も粘り勝ちを見せ準決勝へ。

決勝進出をかけ、名門・PL学園(大阪)と対戦します。

PL学園有利と言う大方の予想。
2回戦で右足首を捻挫し、痛み止めの注射を打っての
試合に挑んだ比嘉公也(ひが こうや)投手は、
けがを感じさせないパーフェクトな力投です。

ところが、5対2とリードをしていた7回裏、エラーと
四球からピンチを招くと、連打を浴びせられて同点。

その後、6対6で迎えた延長戦12回表、比嘉公也投手が
自らタイムリーヒットを放って勝ち越します。

その裏を守り通し、8対6で逃げ切ります。翌日の決勝戦。

前日に212球を投げた比嘉公也投手は、足の痛みにも達し
登板できませんでしたが、沖縄尚学ナインは前日の勢いのままに
水戸商(茨城)を破って、沖縄県民悲願の春選抜大会初優勝。

このとき、甲子園球場に歓喜の大ウェーブが続けざまに沸き起こっています。

紫紺の大優勝旗は海を渡って生まれて初めて沖縄県の地へ。

このようにして、沖縄県民の「甲子園の夢」がやっと、成就したました。

比嘉公也氏選手でも指導者でも頂点へ!

比嘉公也氏は後に指導者となって、2008(平成20)年春、
母校の沖縄尚学の監督へと就任します。

この年2008(平成20)年入学した、エース・東浜巨(ひがしはま なお)
“比嘉チルドレン”を育て上げ、2008(平成20)年春第80回選抜大会で
自身が優勝して以来9年ぶりとなる選抜大会優勝を達成。

選手としてのに加え、指導者としても沖縄県民に大きな喜びを引き起こします。

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