長野県代表・松本商 甲子園高校第14回選手権大会優勝

●長野県勢甲子園高校野球戦績上位校
・優勝
松本商 第14回選手権大会
・準優勝
長野師範 第15回選手権大会
松本商 第10回選手権大会
・長野県勢甲子園高校野球出場回数上位校
松商学園36回、長野商8回、丸子修学館7回、佐久長聖7回
・長野県勢甲子園高校野球初出場校
長野師範 第2回選手権大会
・長野県勢甲子園高校野球初勝利
長野師範 第3回選手権大会

第49回選手権大会2回戦で広陵と対戦した
松商学園は0対2と惜敗。

1991年の春選抜大会決勝で、
またしても対戦するが5対6とまたも勝負に負ける。

当然ではありますが、松商学園は欠かすことはできません。

現在、春夏52回の甲子園高校野球出場で通算39勝。

以前までは長野中や松本中(松本深志)がありませんでした
長野県勢ですけれども、1923~1930年、
長野県内の公立中学は同時に不参加。

試合中の観客のヤジが凄まじい勢いで、
長野中学校長会が申し合わせた理由から、
しめしめというわけじゃないのでしょうが、
その空白期間は松商学園(当時は松本商)が、
力を伸ばす追い風となったのです。

1924年の夏選手権大会に準優勝することによって、
1926年春選抜大会にも準優勝するわけです。

1927年には春夏ベスト4と全国区の強豪となって、
第14回選手権大会には北信越勢唯一
甲子園高校野球夏の選手権大会優勝を飾っているのです。

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第16回選手権大会には、諏訪蚕糸(岡谷工)が準優勝。

第25回選手権大会には、長野商もベスト4と雪国の雄であったが、
戦後はいきなり負けるようになります。

松商は、1950~1954年の5年連続出場の連覇を含め、
甲子園高校野球夏選手権大会は、初戦6連敗。

1975~1986年も初戦7連敗です。

1955~1990年の35年間、春夏の甲子園高校野球で2勝するのは、
第47回選手権大会の丸子実にすぎません。

しかし、復活の気配を招いたのももちろん強豪校。

1991年、松商学園は上田佳範をエースに春選抜大会、
夏選手権大会はベスト8に進出します。

1994年の第76回選手権大会では、佐久(佐久長聖)が
初出場で4強入り。

翌1995年も連続出場と力を引き伸ばします。

現在は、松商学園も安定的な勢力を維持しながら、佐久長聖、東海大諏訪、
東京都市塩尻、上田西と私学が覇を争う、にもかかわらず連続出場は
少なくて、2003年長野工、2006年松代、2010年松本工と
思い返したように、県立校が出場することも長野県勢の面白いところ。

第14回選手権大会に出場した松本商のエース・中島治康。
全5試合を完投し、初優勝に貢献する。

ヒーロー 中島治康

1928年、第14回選手権大会に頂点に立った松本商。

初戦、甲子園高校野球1926年春選抜大会の決勝で敗れています。

広陵中にお返しし、それから鹿児島商、愛知商を下すと、
準決勝は高松中、それから決勝は平安中(龍谷大平安)に競り勝ちます。

そのときのエースが中島治康。
トータルで41回を投げて5失点の確実性。

愛知商戦は、2安打完封で、三原脩のいた高松中には、
6回表につかまり掛けるが、雨が出演する5回コールド勝ちと
巡り合わせにも恵まれます。

中島治康は、甲子園高校野球大会で野手へ転校します。

巨人に入団し、1938年秋には日本プロ野球で初めて三冠王を
獲得します。

その当時の監督が、藤本定義氏で松本商時代にも指導を受けていた。

甲子園高校野球で対戦した三原脩とも、甲子園高校野球大会と
巨人でチームメイトとなっている。

松商学園は、1991年の春選抜大会決勝でくしくも広陵と対戦。

65年前と一緒の顔合わせではありますが、サヨナラで敗れ、
春は借りを返せていないのです。

第31回選手権大会2回戦。臼杵と対戦した松本市立(松本美須々ヶ丘)は
延長12回裏1死満塁、スクイズが安打となり、サヨナラ勝ち。

第16回選手権大会決勝で広島商と対戦した諏訪蚕糸は
8回裏1死二塁から適時打で、武居芳郎が生還。

夢へあと1勝 諏訪清陵

諏訪中時代の1918年、甲信大会決勝で長野師範に敗れ、
(長野師範は翌年4年連続出場の全国大会で準優勝)
1996年は東海大三(東海大諏訪)に1対3、
2004年は塚原青雲(松本国際)に4対5.

それらの中でも惜しまれるのが2004年の準優勝です。

1対2と競り合いの5回、土砂降りで1時間以上ストップします。

諏訪清陵は、松商学園戦、佐久長聖戦、長野商戦と
エースが一人で投げ、疲れが出てがピーク。

甲子園スタンドは中止、再試合を願います。
しかしながら、再会すると、直後に3ランを浴びせられる。

終盤に猛追したけれども、結局1点に届くことがありません。
このとき、週3回ほどコーチに就任したということが、1971年夏選手権大会に
全国制覇した桐蔭学園のエース・大塚喜代美。

チームを率いた小笠原健一監督は1989年、母校・岡谷工でも
準優勝と、あと一歩です。

諏訪清陵は2008年には、準優勝まで進出しているのです。
旧制中学時代からの念願が届くのはいつなんだろうか。

第55回選手権大会に出場した丸子実(丸子修学館)の
捕手・堀場秀孝。

強打でならした堀場秀孝捕手は、1回戦の箕島戦で、
初回に左中間への先制三塁打を放つ。

第62回選手権大会出場の松商学園・川村一明は
好投手として高く評価されている。

1回戦に春夏連続優勝を狙う高知商と対戦し、
0対2と惜敗する。

第63回選手権大会の3回戦で金丸久夫は3安打に抑えるも
延長12回の末、1対2と惜敗。

長野県勢ベスト8以上進出校とメモリアルナイン

・長野師範 第3回選手権大会
・長野師範 第5回選手権大会準優勝
・松本商 第8回選手権大会ベスト4
・松本商 第10回選手権大会準優勝 西村成敏
・松本商 第13回選手権大会ベスト4
・松本商 第14回選手権大会優勝 中島治康
・諏訪蚕糸 第16回選手権大会準優勝
・長野商 第18回選手権大会 水沢満
・長野商 第23回選手権大会
・長野商 第25回選手権大会ベスト4
・松本商 第26回選手権大会ベスト4
・松本市中 第28回選手権大会
・松本県中 第29回選手権大会 萩元晴彦
・松本市立 第31回選手権大会
・松商学園 第35回選手権大会 堀内庄
・上田松尾 第39回選手権大会
・松商学園 第40回選手権大会 三沢今朝治
・丸子実 第47回選手権大会
・丸子実 第55回選手権大会 堀場秀孝
・松商学園 第62回選手権大会 川村一明
・岡谷工 第63回選手権大会 金丸久夫
・松商学園 第73回選手権大会 上田佳範
・佐久 第76回選手権大会ベスト4 松崎幸二

長野県

北アルプス-飛騨山脈、中アルプス-木曾山脈、南アルプス-赤石山脈が
連なり、「日本の屋根」の異称を持つ。

山林原野が全面積の6割であるのに対し、耕地面積は1割ほどですが、
夏季の冷涼な気候を利用して作るレタス、キャベツ、白菜の
高原野菜をはじめ、効率的で質のよい農業を行っています。

1964(昭和39)年に松本・諏訪市が新産業都市に指定されて以来、
精密機械、電子機器を始めとする工業生産が飛躍的に伸びる。

廃藩置県で、十数県が誕生しますが、その後、長野、筑摩が2県に
整理し、1876(明治9)年、統合して長野県になります。

長野県章は、長野の「ナ」を図案化する。

長野県名の由来は、緩く傾斜して広がる扇状地の形容から。
同地名は全国的に分布している。

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