高校野球中継の歴史

甲子園球場ハプニング続出

「JOBK、こちら甲子園球場臨時放送所であります」。 甲子園球場中継の歴史に残る第一声を発したとされるのは、魚谷忠アナウンサー。 昭和初開催(昭和2年)となった1927年の第13回大会。 8月13日午前9時5分のことなのです。 魚谷忠...
徳島商の板東英二

甲子園高校野球 板東英二の熱投録

延長戦ゲーム、引き分け再試合と深い縁を持っている 高校野球球児と言われると、徳島商(徳島)の スタミナモンスター・板東英二投手です。 最初に、高校野球で「引き分け再試合」という制度が 採用されたというのは、1958年の春季四国大会での板東...
選抜大会歌と入場行進曲

甲子園高校野球春は選抜から

歴史と伝統の重みを感じてしまいます。 よく知られたキャッチフレーズが見られる一方で、春の選抜大会歌は いまひとつ一般的になっていない。 「今ありて」、作詞が阿久悠、作曲が谷村新司と作者の知名度は 高いに関係なく、夏の選手権大会歌「栄冠は君...
アルプスタンド

甲子園球場のアルプスタンドを伝えた男

甲子園球場開場から5年後の1929年。 年を経るごとに膨れ上がる観客を効率よく収容するため、内野スタンドと外野スタンドの 間に建設した特別スタンドが、甲子園球場名物「アルプススタンド」。 この名をつけたのは、芸術家、岡本太郎の父、...
日本文理(新潟)

甲子園球場 日本文理(新潟)決勝戦9回2死からの逆襲

日本文理9回2死走者なしから5点の終らない攻撃 プレイボール時、中京大中京の先発エース・堂林翔太。 この大会(第91回選手権大会)では投打にパワー全開で活躍。 決勝もふさわしいスター振りは健在で、初回の先制2ランにとどまら...
校旗掲揚・校歌斉唱

甲子園球場での校歌斉唱

今となっては、勝ったチームが高らかに校歌を歌い上げるシーンは 甲子園球場の風物詩。 しかしながら、そういった見慣れた光景も、春と夏と比較したら 進化の過程に違いが出て来るのは、それほど浸透していません。 春選抜大会が起源の校...
阪神甲子園球場

高校野球 施設・阪神甲子園球場

全国中等学校優勝野球大会は、 第2回大会まで豊中グラウンド、第3回大会からは鳴尾球場で 開催されていたが、野球人気が高まるにつれ、 鳴尾球場の仮設スタンドでは観客を収容し切れなくなる。 1923年の第9回大会では、甲陽中(現甲陽...
施設・ナイター

甲子園球場 施設・ナイター

この年1956年夏選手権大会でも最後の試合が日没となった場合、 ナイターとして続けて行うことに。 大会第1日から好試合が続いて時間がかかり、 伊那北(長野)と静岡の第3試合が薄暮となり、8回裏、伊那北の 攻撃に入るところで内野4基の照明灯...
施設・芝

甲子園球場 施設・芝 甲子園球児たちは選抜大会でも美しい緑の芝でプレーが出来る

高麗芝、後に採用したティフトンという種別も冬枯れする。 芝が茶色いままの、春の選抜大会の古い映像を見たことがあるでしょう。 そこで甲子園球場を維持管理している阪神園芸は、冬でも枯れない ゴルフ場の芝を研究し、夏芝のように冬芝の種を蒔く ...
日南高校(宮城県)

赤ヘル旋風・日南高校(宮城県)

宮城県大会を勝ち抜いた日南が、はじめての夏甲子園高校野球に出場。 岡山東に5対4と逆転勝ちし、そこまで2回の春選抜大会出場では なしえなかった初勝利。 さらに興国(大阪)戦でも、序盤の4点差をひっくり返した。 早稲田カラ...
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