第99回甲子園選手権大会 埼玉県勢初夏大会制覇 花咲徳栄・岩井隆監督を胴上げする

●埼玉県勢甲子園高校野球戦績上位校
・優勝
花咲徳栄 第99回選手権大会
・準優勝
熊谷 第33回選手権大会
春日部共栄 第75回選手権大会
・ベスト4
大宮 第39回選手権大会
川越工 第55回選手権大会
上尾 第57回選手権大会
浦和学院 第68回選手権大会
浦和市立 第70回選手権大会
・埼玉県勢甲子園高校野球出場回数上位校
浦和学院12回、大宮5回、熊谷商5回、春日部共栄5回、花咲徳栄5回
・埼玉県勢甲子園高校野球初出場校
熊谷 第31回選手権大会
・埼玉県勢甲子園高校野球初勝利校
熊谷 第33回選手権大会

第99回選手権大会。埼玉県勢初の夏選手権大会制覇を果たし、
岩井隆監督を胴上げする花咲徳栄の選手たち。

全6試合で2ケタ安打、9得点以上の強力打線。
決勝でも広陵を強打で圧倒し、埼玉の夢を叶えたのです。

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決勝戦では、3安打を放ち日本一をたぐり寄せた
花咲徳栄の主軸・西川愛也選手。

埼玉県勢が初めて夏の選手権大会甲子園球場に出場できたのは
1949年夏第31回選手権大会の熊谷。

翌年に初めての決勝進出。
第39回選手権大会は、先端的な練習で鍛え上げた大宮が
長谷川和男監督の元、初陣ながら4強入り。

怪物・江川卓投手に沸いた、夏第55回選手権大会では、
川越工が好投手・指田博を擁して4強入り。
栄光に輝いた広島商に惜敗します。

第57回選手権大会には、野本喜一郎監督率いる上尾が実績を残す。
強力打線の東海大相模に粘り勝ち。
ベスト4進出を果たします。

主戦の今太は、野本喜一郎監督のプロ時代の旧友・大下弘(西鉄)が
指導していたリトルリーグチームのエースで、
大下弘の紹介で入学し、銭湯を営んでいた野本喜一郎氏の
自宅に下宿して鍛えられます。

野本喜一郎監督のもとからはたくさんの名選手が輩出します。

1963年に甲子園高校野球初出場したチームの山崎裕之(ロッテ)、
第56回選手権大会に美しい下手投げを披露した
松久勝投手、第61回選手権大会に浪商を追いつけた
仁村徹(中日)などがいらっしゃいます。

金属バット採用以来の埼玉県の勢力図は公立優勢で、
私学の甲子園高校野球初出場は、第67回選手権大会の立教。

そして浦和学院が台頭することに、第68回選手権大会に
初出場すると一気に4強入り。
このチームの基礎を作ったのは1984年に上尾から移った
野本喜一郎氏だったのですが、選手権大会開会式の日に亡くなります。

第70回選手権大会は、浦和市立が4強。
近年は、春日部共栄、花咲徳栄、聖望学園、本庄一と私学が強いのです。

春日部共栄は第75回選手権大会に準優勝します。
埼玉県勢の夏の王者が誕生したのは2017年です。

花咲徳栄が強力打線で相手チームを圧倒する。
決勝で広陵を下し、勢いよく頂点に駆け上がっていきます。

第68回選手権大会。初出場した浦和学院は、
1回戦の泉州戦では、ベンチに野本喜一郎前監督の
遺影を設置して試合に挑みます。

第75回選手権大会。キレのある直球で押しまくり、
第33回選手権大会の熊谷以来43年ぶりに埼玉県勢を
決勝に導いた春日部共栄の2年生エース・土肥義弘。

第81回選手権大会。初出場した聖望学園の遊撃手・鳥谷敬。
初戦で日田林工に惜敗するも、3打数2安打2得点の活躍。

第82回選手権大会。スライダーを武器に八幡商戦で
奪三振19の大会記録(その当時)で結果が得られたのは、
浦和学院・坂元弥太郎投手。

夢へあと1勝 斎藤雅樹

第64回選手権大会。市立川口の斎藤雅樹は好投手として、
埼玉県内では知られている存在であったが、第5シードのチームは
有力視されていないのです。

しかしながらこの大会は最有力の上尾が3回戦で敗退したが相次いで、
有力校が次から次へ敗れていく大波乱の大会となるのです。

市立川口ナインは、「俺たちにもチャンスがあるかも」と
甲子園球場を意識し始め、決勝まで戦い続けるのです。

その相手とは、ノーシードだけど勝てば31年ぶり3度目の
甲子園高校野球出場となる古豪・熊谷。

下馬評では、市立川口有利と思われていたのが、
試合は1点を争う展開です。

同点で迎えた8回裏、熊谷2死満塁。
斎藤雅樹投手が自信たっぷりで投じた直球は左右間に
はじき返され、決勝点となってしまう2点を失って、
甲子園高校野球初出場の切符を逃します。

斎藤雅樹は、この日で4連投。
10三振を奪う好投を見せたのですが、力尽きたようです。

試合後、監督から「思う存分涙を流して来い」と伝えられ、
一人ロッカールームに消えます。

第57回選手権大会。名将・野本喜一郎監督の指導の元
4強入りする上尾の投手は今太。

第68回選手権大会。大会屈指の長距離打者と高く評価された
浦和学院2年生の4番・鈴木健。

ヒーロー 鈴木健

1984年、上尾の監督を22年間務めて、春夏6回甲子園高校野球に
導いた野本喜一郎氏が浦和学院の監督に就任します。

その翌年に入学した鈴木健は、名将のラストの教え子だということです。

第68回選手権大会の開会式の日に、野本喜一郎監督は亡くなり、
遺影をベンチの最前列に置いて、初出場の浦和学院は勝ちあがります。

2年生で主力打者となっていた鈴木健は、地方大会で3打席連続を含む
5本の本塁打を放って、19打点。

大会屈指の長距離打者と注目されます。
初戦の泉州(大阪)戦では、遺影に向って
「打たせてください。勝たせてください。」とお祈りして試合にトライし、
4安打3打点と暴れ回って甲子園高校野球初白星に後押しします。

それ以後も毎試合安打を放って、準々決勝の高知商戦では
逆風を突いた滞空時間の長い本塁打を右翼スタンドへ放り込んだ。

鈴木健の活躍も存在し、浦和学院は初陣で準決勝に進出。
名門の第一歩を甲子園高校野球に印ました。

埼玉県勢ベスト8以上進出校とメモリアルナイン

・熊谷 第33回選手権大会準優勝 服部茂次
・大宮 第39回選手権大会ベスト4 亀田信夫
・大宮 第43回選手権大会
・熊谷商工 第46回選手権大会
・大宮 第49回選手権大会 鈴木治彦(葉留彦)
・熊谷商 第52回選手権大会
・深谷商 第53回選手権大会 竹内広明
・川越工 第55回選手権大会ベスト4 指田博
・上尾 第57回選手権大会ベスト4 中村昭
・川口工 第59回選手権大会 駒崎幸一
・上尾 第61回選手権大会 仁村徹
・浦和学院 第68回選手権大会ベスト4 鈴木健
・浦和市立 第70回選手権大会ベスト4 星野豊
・春日部共栄 第75回選手権大会準優勝 土肥義弘
・聖望学園 第81回選手権大会 鳥谷敬
・浦和学院 第82回選手権大会 坂元弥太郎
・聖望学園 第85回選手権大会
・浦和学院 第95回選手権大会 小島和哉
・花咲徳栄 第99回選手権大会優勝 清水達也、綱脇慧、西川愛也

埼玉県

都心から50km圏の南東部は、東京都直結した鉄道が放射状に走り、
急速に都市化が進む。

市の数は全国一。しかもこの地域に密集しているため人口密度が高い。

2001年に新県都さいたま市が誕生。政令指定都市を目指している。

一方、険しい山々がそびえる西部の秩父地域は、戦後人口の流出が続き、
過疎化が進む。

廃藩置県で埼玉、入間の2県が設置され、1873(明治6)年入間県が
群馬県と合併して熊谷県となるが、1876年熊谷県が廃止、
現在の県域がほぼ出来上がります。

埼玉県章は、円形に並んだ勾玉が、太陽、発展、情熱を象徴する。

埼玉県名の由来は、前玉(さきたま)神社の社号に由来し、幸魂の意。
「先多摩」の語源説も。

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