稀代のヒーロー・太田幸司投手を擁する県立三沢高は決勝に進出

●東北青森県勢甲子園球場夏選手権大会
・準優勝
三沢 第51回選手権大会、八戸学院光星 第93回、第94回選手権大会
・ベスト4
八戸学院光星 第82回選手権大会
・ベスト8
東奥義塾 第49回選手権大会、青森山田 第81回選手権大会
八戸学院光星 第83回、第85回、第96回選手権大会
・出場回数
青森山田11回、八戸学院光星8回、八戸6回、弘前実5回、
八戸工大一5回
・県勢初出場校
八戸 第12回選手権大会
・県勢初勝利
青森 第42回選手権大会

「いつまでも、白河の関を優勝旗が越えていない、
 と言われないように、結果を残したいですね。」

2012年夏。20011年夏、それから春に続けて3季連続で
決勝に進んだ光星学院(八戸学院光星)、
仲井宗基監督の試合直前の言葉です。

しかしながら、春選抜大会に続けて大阪桐蔭に破れ、準優勝に終る。

しかしながら、東北勢の夏の甲子園高校野球初勝利が、
1960年の青森1対0の東北(宮城)で、1968年の第50回選手権大会まで
束になっても5勝にとどまっていた事実を考えれば、史上初めての
3季連続準優勝というものは大飛躍。

ほんとうは東北勢は準優勝に縁がつきまといます。

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1969年夏は、希代のヒーロー・太田幸司投手を擁する三沢が決勝まで進出。

松山商と白熱の延長18回引き分け再試合を演じ、残念ながら敗退してしまう。

このことは東北勢にすれば、第1回選手権大会の秋田中以来の決勝進出で、
それより後の黒星街道が長期間だった。

1970年から1988年、昭和終わりの選手権大会まで、夏の初戦は13連敗。

変わったところでは1982年、木造があわや史上初の完全試合寸前の大敗もある。

さながらに、冷害に見舞われるヤマセを耐えるといった、雌伏に時代。

それらの風向きに変化があるのは20世紀終盤、青森山田と光星学院、私学2強の台頭です。

両校の躍進で全国レベルへ確実に駆け登って行く。

特徴あるは、いずれも他県出身の最高指導者のもと、おもに関西などから秀逸な
才能を移入し、先進的な野球を栄養にした対応。

先鞭をつけたことは、八戸工大一を1987年春選抜大会で、8強に押し上げた
山下繁昌監督(報徳学園出身)だった可能性もある。

第82回選手権大会。三沢以来の県勢ベスト4入りの立役者、
光星学院のエース・根市寛貴。

第94回選手権大会。2試合連続本塁打とか超高校級の
打力を披露した光星学院・北條史也。

第95回選手権大会。初出場ながらも甲子園高校野球2勝を挙げる
見事な活躍ぶりを披露した聖愛のエース・小野憲生。

夢へあと1勝 弘前

惜しかった。2013年夏、青森大会決勝、弘前は聖愛に3対3と
同点の7回に勝ち越され、甲子園高校野球出場へもう一歩であった。

1927年から出場の伝統校。

1971年の春選抜大会はありますが、夏の選手権大会は、
1958年、1971年から1973年と決勝で4回敗退
(1971、1972年は北奥羽大会)。

40年ぶりの5度目の正直は、またもやとどかない。

ですが、全6試合を投げきったエース・平川航希投手は、
「青森は私学と決まりきっていた感じだけど、
 県立でもこの段階までやれることを示せた」と、
充実の面構えで頼もしく感じられる。

その当時のメンバー・大道寺拓は、筑波大で投手に転向します。

社会人の強豪・NTT西日本に入社とレベルは際立つ。

2014年夏には、甲子園高校野球歴のある古豪・青森を決勝まで進出。

私学優勢の青森で2015年には、19年ぶりに県立として
三沢商が出場し、逆襲も興味をかきたてられる。

その上八戸大も、1991年過去4回、夏の選手権大会決勝で、
敗北し、甲子園高校野球未踏。

青森県勢ベスト8以上進出校とメモリアルナイン

・東奥義塾 第49回選手権大会 前田啓一
・三沢 第51回選手権大会準優勝 太田幸司、八重沢憲一、小比類巻英秋
・弘前実 第78回選手権大会 工藤隆人
・青森山田 第81回選手権大会 松野公介
・光星学院 第82回選手権大会ベスト4 根市寛貴
・光星学院 第83回選手権大会 池田純佑
・光星学院 第85回選手権大会 桑島康弘
・青森山田 第86回選手権大会 柳田将利
・青森山田 第89回選手権大会 吉田一将
・光星学院 第93回選手権大会準優勝 秋田教良、川上竜平
・光星学院 第94回選手権大会準優勝 田村龍弘、北條史也
・聖愛 第95回選手権大会 小野憲生
・八戸学院光星 第96回選手権大会

青森県

太平洋、日本海、津軽海峡と、東、西、北の三方を海に囲まれた
本州最北の県。

奥羽山脈の西側の津軽地方はりんごの産地として知られます。

東側は酪農の盛んな三本村と台地が広がる南部地方。

農林業が中心ですが、近年、八戸で工業化が進んでいます。

十和田八幡平国立公園、下北半島国立公園といった景勝地、
浅虫、酸ヶ湯、黒石と温泉地と観光資源も豊富。

廃藩置県を経て、北海道の旧松前藩を含め、弘前、黒石、斗南、
八戸、七戸各県が合併して弘前県が誕生。

1872年北海道を分離、1876年二戸郡を岩手県に移して、現在の形に。

青森県章は、星の地形を図案化したもの。

青森県名の由来は、青森港付近に青々と茂る松の森があったことから。
アイヌ語源説もある。

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