甲子園高校野球第62回、第63回、第64回選手権大会と出場し、13試合登板早稲田実の荒木大輔投手

●東京都勢甲子園高校野球戦績上位校
・優勝
帝京 第71回、第77回選手権大会
日大三 第83回、第93回選手権大会
慶應普通部 第2回選手権大会
桜美林 第58回選手権大会
早稲田実 第88回選手権大会
・東京都勢甲子園高校野球出場回数上位校
早稲田実29回、日大三16回、帝京12回、日大一8回、関東一7回
・東京都勢甲子園高校野球初出場校
早稲田実 第1回選手権大会
・東京都勢甲子園高校野球初勝利校
早稲田実 第1回選手権大会

第36回選手権大会。3試合で8打数2安打を記録する
早稲田実・榎本喜八選手。
準々決勝・高知商戦で惜敗する。

第39回選手権大会。史上14人目のノーヒットノーランを達成する。
早稲田実の2年生エース・王貞治。

第88回選手権大会決勝。駒大苫小牧の最後の打者・田中将大を
三振に打ち取る。歓びを爆発させる早稲田実・エースの斎藤祐樹は、
7試合すべてに先発し、歴代2位の大会の通算78奪三振を記録。

選手権の勝ち星が大阪を抑えてトップというのは、東西2代表が
出場しているお陰でもあり、トータルの試合数が300を超えているのは
東京都だけです。

もともと、早くから野球が広まり、中等学校野球の時代から
実力は備わっていました。

1915年の第1回選手権大会には、東京都代表として早稲田実が出場、
翌年第2回選手権大会は、関東代表として出場した慶應普通部が優勝しています。

東京が単独の代表枠なのは、1923年。

それだけ東京のチームは関東または京浜代表の座を逃したことは一度もないです。

ただし戦前の代表は前記2チームと慶應商工、日大山中の4校しかありません。

東京都が2代表を送るようになってきたのは、1974年から。

参加校数が凄まじいため、東京都高野連が兼ねて2代表制を要請しているけれど、
1972年には選抜の決勝で日大桜丘と日大三が激突します。

「あれが東京都の自己改革をアピールし、2代表制を盛り立てたんだ。」

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その当時のナインは酒を飲んだら、そう胸を張るとのことです。

2代表として3年目の1976年には、西東京の桜美林が甲子園高校野球初出場初優勝します。

東京都勢の優勝はほんと、60年ぶりで続くために帝京、日大三、早稲田実が全国制覇を果たします。

関東一、修徳が常連校です。

帝京を率いて45年超えの前田三夫監督は、
「東京都のチームは、目が肥えておりましたね。
 プロも大学も社会人も身近な所で見られるのだから。
 野球の質も高いものだった」と、就任当初の印象を語っていらっしゃいます。

旧制高校であるとか、大学野球の薰陶を想像以上に受けたことが、黎明期の東京都勢でした。

第54回選手権大会。春選抜王者として連覇にチャレンジする
日大桜丘の主戦・仲根正弘。初戦で高知商に撃ち破れる。

第71回選手権大会。5試合を3完投1失点で優勝した帝京・吉岡雄二投手。
準決勝の海星(三重)戦では満塁本塁打を放つ。

第71回選手権大会決勝。10回表、帝京1死二・三塁。
3番・鹿野浩司の2点適時打が決勝打に。

第83回選手権大会。初戦の5安打を初めヒットを量産。
1番打者としてチームを牽引したのは日大三の都築克幸選手。
出場校中最高打率を残した強力打線の4番に座り、
左翼に2本、右翼に1本と広角に本塁打を放った日大三・原島正光選手。

第93回選手権大会。ゆったりとしたフォームから140キロ台後半の
速球を投げ込み、準々決勝では、4安打完封。
日大三を2度目の優勝に導いた吉永健太郎投手。

第93回選手権大会決勝の光星学院戦でバックスクリーンへ
一直線に飛び込む、先制3点本塁打を放ち、甲子園高校野球
大観衆の度肝を抜いた日大三・高山優選手。

第95回西東京大会準決勝。
国士舘に勝って初の決勝進出を決定づける日野。

夢へあと1勝 日野

都立高校は、1980年の国立を契機として城東、雪谷と延べ4回出場も
依然として甲子園高校野球大会の白星は無い状態です。

1946年には、東京高師付中(筑波大付)がベスト4まで進出しているんですが、
これは国立。

甲子園高校野球大会に出場することすら異難の業。

期待するというのなら、都立出身では初のドラフト1位指名・千葉ロッテの
佐々木千隼を育てた日野ではないでしょうか。

ここまで、秋季大会で4強、8強に残り、3度に渡り都の選抜大会21世紀枠
推薦校ということであります。

2016年秋もベスト4。幾度となく日大三や早稲田実とも互角に渡り合い、
強豪私学の練習や競争の厳しさにこの足が含まれた好素材が引き継いで入学しています。

「甲子園高校野球大会に行くには、ベスト4からが勝負。
 やるべきことを行なって試合に全力を尽くせば、私学相手でも
 何とかなると考えられます。」と語るのは、嶋田雅之監督です。

第28回選手権大会。東京高師付中はベスト4進出の快進撃。
二塁手の竹田晃選手はその後の東大野球部の監督に。

第58回選手権大会。大会前はノーマークであったチーム一致団結して勝ち進み。
初出場で優勝した桜美林。東京都勢の優勝は60年ぶり2度目。

第97回選手権大会。9安打2本塁打と鮮烈な甲子園高校野球デビューを
飾った早稲田実の1年生・清宮幸太郎選手。

第97回選手権大会。高岡商戦で右中間に三塁打を放ち、
三塁に滑り込む。関東一・オコエ瑠偉は走攻守で規格外の活躍を見せる。

第62回、第63回、第64回選手権大会と出場し、13試合登板。
1年時は準優勝までの44イニング3分の1を無失点で投げ抜いて
決勝進出した早稲田実の荒木大輔投手。

ヒーロー 荒木大輔

1980年の夏、早稲田実の1年生投手・荒木大輔は、準決勝まで4完封が含まれた
44回3分の1を連続無失点。

精悍な武者人形というようなルックスと力量に虜になってしまった若い女性ファンが、
大挙甲子園高校野球大会になだれ込みます。

決勝で力尽きたことこそが、またファン心理をくすぐり、選手権大会後も
早実グラウンドには見学者がのべつ幕無し、移動の電車内では、
チームメイトがそりゃあ全力を出して荒木大輔投手をガードしたのです。

さらには荒木大輔の早稲田実は、1980年夏にとどまらず5季連続出場したから、
記者席に女性週刊誌のスタッフさんが陣取るといった社会現象は足掛け3年に渡ります。

荒木大輔は、夏選手権大会だけのことで通算10勝。

ですが
「1年のときは、筋力がなくて真っすぐが打者の手元で
 たれたりして、うまく打ち取れた。
 上級生で体が出来るとなぜかなくなって、それとは逆に痛打されていた」と
語るのが面白い。

東京都勢ベスト8以上進出校とメモリアルナイン

・早稲田実 第1回選手権大会ベスト4 岡田源三郎
・慶應普通部 第2回選手権大会優勝 山口昇、新田恭一
・慶應普通部 第3回選手権大会
・慶應普通部 第5回選手権大会
・慶應普通部 第6回選手権大会準優勝
・早稲田実 第9回選手権大会
・早稲田実 第11回選手権大会準優勝
・早稲田実 第13回選手権大会
・早稲田実 第18回選手権大会
・早稲田実 第21回選手権大会 本橋精一
・早稲田実 第25回選手権大会
・日大山中 第26回選手権大会
・東京高師付中 第28回選手権大会ベスト4 竹田晃
・日大三 第34回選手権大会
・明治 第35回選手権大会ベスト4
・早稲田実 第36回選手権大会 榎本喜八
・日大三 第37回選手権大会 並木輝男
・早稲田実 第39回選手権大会 王貞治
・日大三 第41回選手権大会
・早稲田実 第42回選手権大会
・日大三 第44回選手権大会優勝 松本吉啓
・日大桜丘 第54回選手権大会 仲根正弘
・早稲田実 第59回選手権大会
・城西 第61回選手権大会
・早稲田実 第62回選手権大会準優勝 荒木大輔
・早稲田実 第64回選手権大会
・関東一 第67回選手権大会
・東亜学園 第69回選手権大会ベスト4 川島堅
・帝京 第69回選手権大会準優勝 芝草宇宙
・帝京 第71回選手権大会優勝 吉岡雄二
・日大鶴ヶ丘 第72回選手権大会
・帝京 第73回選手権大会
・修徳 第75回選手権大会 高橋尚成
・創価 第77回選手権大会
・帝京 第77回選手権大会優勝 白木隆之
・日大三 第83回選手権大会優勝 原島正光
・帝京 第84回選手権大会ベスト4
・修徳 第86回選手権大会
・日大三 第87回選手権大会
・早稲田実 第88回選手権大会優勝 斎藤祐樹
・帝京 第88回、第89回、第91回選手権大会
・関東一 第92回選手権大会
・日大三 第93回選手権大会優勝 高山俊
・早稲田実 第97回選手権大会ベスト4 清宮幸太郎
・関東一 第97回選手権大会ベスト4 オコエ瑠偉
・東海大菅生 第99回選手権大会ベスト4

東京都

本州の中央部に位置し、面積は全国の0.6パーセントしかないが、
南鳥島は日本の最東端。

沖ノ鳥島は最南端に当たります。

これらの島嶼部は亜熱帯性気候。冬は西部の山間部では冷たい
空っ風が吹き、東部の心部建造物や人口の多さが原因で気温が
高くなるという多様な地域性を持つ。

廃藩置県で、東京府設置、1978(明治11)年、伊豆諸島編入。

1880年小笠原諸島を所管。1889年東京市15区設置。
区市都部制に。

1893年神奈川県から西・南・北多摩郡を編入。

第二次世界大戦の1943年、府・市を統合し、東京都になる。

1968年返還された小笠原諸島がふたたび都に。

シンボルマークは、東京の頭文字Tを中央に秘め、
東京の躍動、繁栄、潤いを表現。

東京都名の由来は、東の京の意味。
東京の名称は、中国古代王朝にも多く見られる。

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