大八木治監督率いる山梨県代表・東海大甲府 第94回選手権大会

●山梨県勢甲子園高校野球戦績上位校
・ベスト4
東海大甲府 第67回、第86回、第94回選手権大会
・山梨県勢甲子園高校野球出場回数上位校
東海大甲府3回、甲府工8回、山梨学院7回
・山梨県勢甲子園高校野球初出場校
甲府中 第21回選手権大会
・山梨県勢甲子園高校野球初勝利校
甲府中 第21回選手権大会
第73回選手権大会に出場した市川のエース・樋渡卓哉。
春の選抜大会でミラクル市川旋風をもたらしベスト4に
進出しても、夏選手権大会はベスト8に終った。

高校野球不毛の地と称され、全国の舞台で初戦敗退を
繰り返す山梨県勢を変化させたというのは、大八木治監督です。

大八木治監督は、東海大相模2年生時に、甲子園高校野球に
出場こそありませんでしたが、ベンチ入りして全国制覇を経験。

その当時の東海大相模の監督は、三池工を優勝に誘導した原貢氏です。

勝者のメンタルティーを叩き込まれた、大八木治監督が、
1979年に東海大甲府の監督に就任した状況で、
山梨県勢野球が一目置かれるようになりつつあるというのは、
必然だったかもしれない。

それ以前は古豪・甲府工、堀内恒夫を擁した甲府商と、
公立校の天下であった山梨大会に大八木治監督は風穴を開けます。

就任3年目で東海大甲府を夏選手権大会初出場に導くと、
7年目には山梨県勢初の4強入り。

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山梨県勢の中心を担っていく結果になったのです。

大八木治監督の指導はきめ細やかな、選手の自主性を促がす
ために意図的に、選手を突き放すことをしておられる。

硬軟自在の指導方法で山梨県勢の覇権を握ると、
私学勢は伸びたことがあって、山梨県高校野球のレベルは一段階上がります。

大八木治監督が引き上げたといっても間違いないことでしょう。

山梨県勢は、東海大甲府の初出場の前までの夏選手権大会
16大会で初戦敗退を13度数えるのですが、それから後は37大会で15度。
勝率もグッと上り調子になる結果に。

大八木治監督の在任期間13年の間に東海大甲府は
夏選手権大会に7度出場する。

近年は山梨学院や日本航空と、新しい勢力が台頭してると思いますが、
夏選手権大会通算20勝は山梨県勢で圧倒的。

経験と実績で評価の高い東海大甲府がこれからも山梨県勢を牽引することだろう。

第69回選手権大会2回戦の佐賀戦。
東海大甲府の4番・久慈照嘉は4回表2死から左右間を抜く
三塁打を放ち、三塁ベースに頭から滑り込む。

ヒーロー 久慈照嘉

山梨県のヒーローと言ったら、久慈照嘉です。

山梨県野球を全国レベルに押し上げた大八木治監督に誘われ、
東海大甲府に合格すると、2年夏から3季連続出場。

固い守備と確固たる打撃でチームの中心線手として大活躍していきます。

久慈照嘉選手の甲子園高校野球最大の見せ場とは、1987年春の選抜大会です。

準決勝でPL学園と激突する。

その当時のPL学園は主力に立浪和義がおり、史上最強と呼ばれる。
「東の久慈照嘉、西の立浪和義」とも言われていた両内野手の
対戦は、3回までに東海大甲府から5点を先行する。

が、延長14回に3点を勝ち越されて力尽きる。
この年、PL学園は春夏連覇の偉業を達成しますが、
王者を間違いなく手こずらせたのが、東海大甲府の選手たちでしょう。

久慈照嘉の時代を挟み東海大甲府は、
5年連続甲子園高校野球出場、その中心にいた、
久慈照嘉は後に、阪神で「平成の牛若丸」と呼ばれる様になります。

第21回選手権大会で力投する甲府中(甲府一)の
五味芳夫投手。山梨県勢の初出場の選手権大会。

第60回選手権大会に出場する日川。
29年ぶりの甲子園高校野球のマウンドを預かるのは、エース・石川賢。

第79回選手権大会で3回戦まで展開した、甲府工の左腕エース・小沢裕昭。

第82回選手権大会に出場した山梨学院大付のエース・玉山健太は、
下半身がバランスの良いフォームで伸びがある140キロ台の速球を投じる。

夢へあと1勝 富士学苑

甲子園高校野球への切符を手にしかけつつも、3度も涙したチームがあります。

1993年、富士学苑は創部14年目ではじめて山梨県大会決勝に進出する。

道のりは劇的なものだった。
1回戦の駿河台甲府戦をサヨナラ本塁打で勝ち上がって、
準々決勝は2度の夏選手権大会出場経験をする日川を下す。

準決勝では、東海大甲府と対戦します。
4点のリードを奪われるも終盤には追いついて、延長12回に
サヨナラ本塁打を放ち、甲子園球場まであと1勝。

しかし、甲府工の前に決勝では9失点。完敗です。
リベンジのための翌年も決勝まで勝ち上がるけれど、市川に2対3の惜敗。

そうして、2010年準決勝で勝って初出場を阻止された甲府工相手に、
逆転サヨナラ満塁本塁打、16年ぶりの決勝進出を果たします。

3度目の正直を神事日川と対戦するも女神様は残酷です。
またも1点差の惜敗。

今度こそ大舞台へ、”四度目の正直”を信じる。

山梨県勢ベスト8以上進出校メモリアルナイン

・甲府中 第21回選手権大会 五味芳夫
・都留 第34回選手権大会 矢頭高雄
・甲府商 第45回選手権大会 堀内恒夫
・甲府工 第48回選手権大会
・峡南 第54回選手権大会 深沢恵雄
・吉田 第65回選手権大会 田辺徳雄
・東海大甲府 第67回選手権大会ベスト4
・東海大甲府 第68回、第69回選手権大会 久慈照嘉
・市川 第73回選手権大会 樋渡卓哉
・甲府工 第75回選手権大会 山村宏樹
・山梨学院大付 第82回選手権大会 玉山健太
・日本航空 第83回選手権大会 八木智哉
・東海大甲府 第86回選手権大会ベスト4 村中恭平
・東海大甲府 第86回選手権大会ベスト4
・東海大甲府 第94回選手権大会ベスト4

チーム・東海大学付属甲府高校

学校法人東海大甲府学園が経営するため、付属ではあるが
東海大の連携校になる。

所在地の甲府市内では、「東海」と呼ばれる。
前身は1957年創立の山梨商業。

一時、東洋大学と連携し東洋大学第三高校になるが、
東洋大の学園紛争があって、1974年に東海大の傘下に入った。

大八木治監督が就任するとデータ、攻撃野球に花開き、
1981年の夏選手権大会に初出場。

山梨県から1980年代は、春夏9回、甲子園球場に出場し、
1985年夏選手権大会ベスト4は山梨県勢初の進出。

大八木治監督は、春夏で17勝を挙げている。
これ以降、その他の私学も多く台頭し、山梨県内のレベルを挙げる。

その後、村中秀人が監督に。
村中秀人監督は、東海大相模では原辰徳と同期で、相模同様に
打撃のチームを作った。

2004年夏選手権大会、2012年夏選手権大会はベスト4に進み、
山梨県初の優勝も期待される。

夏選手権大会13回、20勝13敗。
春選抜大会5回、8勝5敗で合計28勝は43位タイ。

久慈照嘉(元阪神)、村中恭平(元ヤクルト)、高橋周平(中日)、
渡邊諒(日ハム)がOB。

山梨県

甲府盆地を囲み、南アルプス、八ヶ岳、富士山、丹沢山地と山並みが連なる。

甲府盆地は日本有数の果樹地帯で、特にブドウの山地として知られ、
ワイン生産も全国一の規模を誇ります。

印章、硯、研磨宝飾と伝統的な、企業誘致や交通体系の整備が功を創し、
大月市、韮崎市の電子工業や忍野村のロボット工業と、ハイテク産業も発展する。

廃藩置県後、府中県、市川県、石和県が成立、その後、甲斐府から甲府県となり、
1871(明治4)年に山梨県に。

山梨県章は、周囲を富士山と武田菱で囲み、中に「人」の文字で表した
「山」を置いた。

山梨県名の由来は、梨の木に由来。山をならして村落を造ったので
山平(やまなし)との説も。

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